時代の転換期、今こそ世界のベストセラー「聖書」に親しもう!(天地万物を創造された神様の愛について📓*。゚)

聖書を初めて読んだとき、「この書物に書かれていることは、全て事実に違いない!!」とピンときました。

理由は分かりません。

なぜか疑問を持たず、ただ素直にそう思えたのです😊

私の中に核として刻み込まれた一番の内容は、「創世記」でした。

神様がこの森羅万象のすべてをお造りになり、私たち人類を愛を持って創造してくださったのだということ。

すべては神様の愛によって成されたという事実を心に感じ、それだけでも救われた思いがしました。

「いつの間にか宇宙ができて、地球ができて、生き物ができて、人間ができ上がった…」ということではなく、神様の愛のもとで創造されたのだと理解できたのです。

(クリスチャンからすると、人が猿から進化したという「進化論」は嘘ということになります。)

人間は神様の被造物なのです。

神様の愛によって創り出され、この地上に生を受けたのだと思うと、自分自身の存在そのものにも感動を覚えずにはいられません。

もちろん、多くの人が(人間の)親の愛を受け、その身体を借りて生まれてくるのですが、もっとその奥にある人類創造の根本は、「神様」ということになります。

本来、誰もが神様の愛の対象として創造されているのですから、人類はそもそもの生みの親である神様について、もっと深く知る必要があると思います。

私たちを創造してくださった神様の愛に応え、愛をお返して差し上げなければいけないのです…。

「聖書」は繰り返し読んでも必ず新しい発見があり、ある意味とても霊的な書物だと思います。

私は聖書を知ってから、自己啓発的な本に一切の興味がなくなってしまいました。

(それまでは、貪るようにそれらの本を読んでいた時期もあったのですけれど…。)

旧約聖書の『創世記』は、「アダムとエバ」、「ノアの箱舟」など、誰でも一度は聞いたことのある人物や出来事を読み進めることができます。

神様を通して様々な内容が、私たち人類への教訓として綴られています。

新約聖書はイエス様の時代について書かれています。

イエス様も、その名前を知らない人はほとんどいないのではないでしょうか。

旧約聖書に比べると分量が少ないため、こちらからお読みになることもお勧めします。

一度でもお読みいただければ、すべてを理解できなくとも(難解に感じる箇所は、飛ばして読み進めても大丈夫です。)、イエス様の生涯や、聖霊を受けた十二弟子による伝道の様子など、そのあらましを掴むことができると思います。

自分の心に強く残るような、素晴らしい聖句と出会えるかもしれません。

まさに生きている書物のように感じられる「聖書」は、実は世界のベストセラーと言われています。

大きな書店のほか、古本屋さんでもお安く手に入りますし、Amazonなどネットショップでも購入できます。

携帯のアプリなどを利用すれば、無料で読むことも可能です。

私のこのブログの過去記事「聖書のススメ」も、宜しければ是非、参考になさってみてください。

聖書のススメ

残念ながら人類は、「創世記」に登場するエバが、サタン/悪魔(聖書では蛇として登場します。)に騙されてしまいました。

そこから人間の堕落が始まり、現代にまで至っています。

サタンは私たち人類が(人間を創造した)神様に気づかないように、ずっとだまし続けて今日までこの世の中を形成してきました。

特に日本では、キリスト教をまるで外国の宗教であるかのように見せかけてきたと思います。

ですが時は流れ、現時点おいて、「時代の転換期」を感じている方も多いのではないでしょうか。

まさに真理の波が押し寄せようとしていると感じます。

今、大切な時代の変換の時、

日本人の方にこそ、聖書を一度お手に取ってみてほしいと切に願っています。

(もしも、聖書の内容が事実なのだとすればなおのこと[事実なのですけど…]、知らないでいてはもったいないどころの話しではないのです😥)

天地創造をされた神様は、神様を愛する人々を捜し求めていらっしゃいます。

神様の愛に気づき、神様に祈ってその思いをお返ししようとするなら、神様は喜んでその方の様々な願いを叶えてくださいます。

日頃から神様に感謝し、困ったときは、小さなことから大きなことまで何でも相談して良いのです。

神様は目には見えませんが、私たちの祈りを耳をそばだてて聞いてくださっていますから、多くの方々が神様に立ち返って、神様との交流を試みてほしいと願っています。

神様に依り頼むとは…*。゚

誰にも分からない未来を、希望をもって賢く確実に生きるために。

私は信仰を持つ以前は、「人生とはこんなものだろう」という、どこか妥協を含んだ諦め半分の満足感で、自分を納得させるように生きていました。

と、言いますか、信仰前は「そのように思っていることさえ気づいていなかった」と言う方が正確かもしれません。

信仰を持って後、「完全に満たされている」と納得のできる幸福感を感じながら生きられるようになって初めて、信仰を持つ以前の自分が妥協しながら生きていたのだと、はっきり認識できるようになったのです。

神様は、お祈りを始めた私のような小さな者にも、これまであらゆる場面で助けの手を差し伸べてくださいました。

まだまだ神様の導きに対する恩返しは足りていない状態ですが、しっかりと御心を成す者となれるよう努力して、これまでに頂いた力や愛に報いていきたいと思っています。

本物の力や幸福感をもたらしてくれるのは「何」なのか、「誰」なのか…?!

伝えたい、信仰を持って初めて知った『真の幸福に繋がる重要な鍵』について。

人間同士の愛とは全く違う、

あらゆることを可能にする神様の偉大な愛が、地上の全ての人々の元に届きますよう、今日も心からお祈りいたします。

神様からの祝福と恵みが、この地に豊かにもたらされますことを願って…。

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